rumour
 
 
 今朝こしらえた弁当はとっくに食い終わって、俺はその続きみたいに購買のパンをかじり始める。いつも自然とつるんでいる、三人のクラスメイトと並んで、教室の窓の縁にもたれかかって。目的もなく、昼休みの賑やかなグラウンドを眺めながら、俺だけがもぐもぐと咀嚼しているのは、うちの購買でかなり人気の焼きそばパン。自分で作るのとはちがった焼きそばの味がこれはこれで美味いから、こうやってたまに食いたくなる。それをコーヒー牛乳で流し込んでなんかいたら、クラス替えしたばかりの頃には、動くからって食いすぎだろ、なんてしょっちゅう驚かれたけど、いつのまにかそんなやりとりも、もうなくなってしまった。
「体育、今日でバスケ終わりだよな」
「そーなん?」
「マラソン始まるぜ」
「マジかよ。だりー」
「サッカーやらせて、サッカー」
 笑い声と、砂の音と風の音、そういう小さな音が少しずつ重なって、全部ひっくるめた、グラウンドの音。クラスメイトたちも、俺も、なんとなく、意味もなく窓の外を眺めて話しているだけだから、机を囲んでいたさっきまでと比べて、会話の内容にさほど変わりはなかった。
 サッカーの話題が出たからじゃなかった。
 さっきから俺は、グラウンドの上で、サッカーボールを追いかける見慣れた人影を、なんとなく目で追っていた。
 いつもすぐそばだとか、せいぜいテニスコートの向こう側にいる癖っ毛の頭を、こんな風に三階の窓から見つけて、見下ろすのは新鮮だった。
 だから見てた。
「あれ、赤也じゃね?」
 サッカーゴールのあたりを指差してクラスメイトが言った。ほとんどは俺に向けて、だろうけど、俺がしょっちゅう購買での買い物にあいつを付き合わせるから、皆も赤也のことは知っていた。(それで、半分冗談みたいに、皆もあいつのことを俺と同じに呼んでいた。)
「あー、赤也だわ」
 そうだぜ、なんて答えるのもちょっと変だから、今気づいたふりをした。
「赤也ぁー」
 わざとらしくグラウンドに手を振るクラスメイトに、その隣で別のクラスメイトが「聞こえねーし」と笑った声で言った。俺もちょっと笑った。
「赤也サッカーうまくね?」
「だろい」
「あ、自慢してんよこいつ」
「赤也とサッカーすんの?」
「しねー」
「しねーのかよ」
「しねーだろ」
 取るに足らない会話の隙間で、俺は焼きそばパンの最後のひと口を飲み込んだ。中身が空になった透明の包装袋を丸めて、グラウンドに向けていた視線を教室に戻す。黒板の向こうの、やや距離のあるゴミ箱に向けて、丸めたそれを投げた。
「ナイスゴール」
 見事、定位置に収まったゴミを見届けてくれたらしいクラスメイトが、気の抜けた声で言った。
 当然だって意味を込めて、口元だけで笑ったりなんかしてたら、窓からの風に吹かれて髪の毛が後ろから揺れた。
 それで、肩越しにもういちど、窓の外を振り返る。笑い声と、砂の音と風の音。遠くてよく見えないけど、赤也はたぶん笑ってる。