蒸し暑い夜の空気の人混みで、去年同じクラスだったやつと、その彼女とすれ違った。俺は最初気がつかなくて、名前を呼ばれてそっちを向いたら、そんな知ってる顔と、ちょっとだけ知ってる顔とが手を繋いで並んでいたのだった。彼女のほうはあんまり知らない子だけど、浴衣を着て、髪型もなんとなく凝っていて、おめかししてるって感じでかわいかった。
 「丸井さんって、こういうとこで絶対誰かと会うっスよね」、と隣で赤也が言った。
 俺たちも、ふたりで花火大会に来た。俺が来たいって言った。赤也と。
 こんなふうに部活帰りで、ぎりぎりの時間でも、ラケットバッグを背負ったままでも、わざわざ電車に乗って。先週あたりにそれを提案したとき、赤也は楽しみだとか、俺も行きたいだとか言う代わりに、「しょーがないっスねぇ」なんていつもみたいに言っていた。わざとらしいその表情がうれしい顔だって、俺はとっくに知っているから、今日のことは楽しみだった。
 部活終わりに着替えた半袖の制服に、ぬるい風があたる。
 ふと、隣のほうを見てみたら、赤也は買ったばかりの焼きそばを食べながらこっちを見返して、いまは喋りに口が使えないから何やら黙っている。「うまい?」と聞いてみたら、頷きながら、急ぐみたいに何口か口に運んで、食べかけの焼きそばのパックと箸を俺に差し出した。(この焼きそばは半分こするつもりで割り勘で買ったものだけど、べつに急かしたつもりじゃなかった。)
 食べながら、話しながら歩く。
 もう七時も過ぎているけれど、そういえば最近、ますます夜が明るい気がする。
 次はなにを食うかとか、屋台を流し見しながらそういう話をしていたら、少し経って、すぐそばで花火の打ち上がる音がした。
 色とりどりの、いろんな種類の大きな花火だった。そんな赤や黄色の光と比べると、ずっと暗い色をした夜空にそれは次々と打ち上がって、俺と赤也は十秒間くらいその場で足を止めたと思う。赤色と緑色のシロップのかかったかき氷をお互い片手に持って、ちょっとのあいだ、固まるみたいに。
 そのあと、花火を見上げる赤也の顔を横目で見たのは、一秒くらいだ。
 すげーとか、でけーとか、お粗末な感想を言い合って、屋台の並んだ道沿いにもういちど歩き出す。ちらほら届く下駄の音に混じって、履き慣れたテニスシューズで。
 さっき見た屋台のよりでかい、なんて言いながらふたりでたこ焼きを買った。そのあと、赤也は射的で最新のゲームソフトを狙ったけれど、弾が当たってもなぜだかその景品は倒れなくて、残念賞の駄菓子を手に入れるはめになった。そんなことをしてずっと笑っていたら、いつのまにか後ろのほうで、花火の音は消えていた。気づかないくらいに、たぶん楽しかった。本日のメインイベントが終了してしまったおかげで、海岸のほうからは、波が押し寄せるみたいに人がどんどん戻ってきて、屋台の人通りはますます賑わった。
 「赤也、おまえ、前歩けよ」、なんとなく、ぎゅうぎゅう詰めの人混みで、そのコーハイを背中に置いておくのが心許なくてそう言ったら、赤也は素直に従った。さっき赤也が射的でゲットして、いらないからと俺にくれた、煙草のかたちをしたココア味の駄菓子をかじりながら人混みを歩く。はぐれていないか確認するみたいに、たまにこっちを振り向くそぶりが、その背中に似合わなくて、なんとなくおかしかった。だから、半袖の制服からのびる腕の先、黒いパワーリストの巻かれた手首を後ろから握った。赤也が振り向かなくてもいいように。