少年
 
 
 うちのテニス部は強豪で、とにかく忙しいらしい、ってことは皆知ってるみたいだけど、夏休みになってもここまで毎日毎日部活があるとは思わない奴も多いみたいで、大きな花火大会があるたびに、一緒に行こうと誘ってくれる奴らが結構いた。
 クラスでよくつるんでいるメンツには普段から部活の話もよくしてたから、そいつらの誘いかたはダメ元みたいな感じだった。ほかにも、去年クラスが一緒だった、今もたまに遊ぶ奴らだとか、合同体育をきっかけに、最近仲良くなったばかりのA組の奴らも声をかけてくれた。いちど七月末のを断ったあと、もういちど八月の花火大会に誘ってくれたりなんかもして、そっちも同じように断らなきゃいけないときはさすがに申し訳なかった。あと、よく菓子やらパンやらをくれるクラスの女子にふたりで行かないかと誘われて、それもやっぱり断ったけど、なんだか少し惜しかったような気もした。べつに、その子のことが気になっているわけでも、付き合いたいと思っているわけでもなかったけど、女子とふたりで花火大会って、そりゃあ楽しいんだろうなとも思う。
 
 八月に入ってから、いちど家族で花火をした。スーパーで買った手持ち花火と、弟達が水遊びをするときに使うオレンジ色のバケツを持って、近所の公園まで家族そろって足を運んだ。
 一通りの種類の花火を試した弟ふたりが、こんどは手に持った花火をラケットに見立てて、ボールを打つような仕草をして遊び始めるものだから笑ってしまった。危ねえからちゃんと下に向けろ、と、花火を持つ腕をすぐに下ろさせたけど、そのあと大人しく、それぞれ自分の持つ花火の光をじっと見つめるふたりを見ながら、明日このことをジャッカルに話そう、と思った。
 
 ◇ 
 
 全国大会が終わって、一旦部活が休みになってからも、毎朝同じ時間に目が覚めた。窓からの日差しとか、蝉の声は変わらなかった。
 夕方になって、弟ふたりを連れてジャッカルんちにラーメンを食いに行った。帰り際、店の出口のところで、下の弟はここ最近ずっと、ジャッカルに「がんばれ!」と言ってから店を出るのが習慣になっていた。他のお客はそれを見て微笑ましそうに笑う。そのあと、「ブン兄ちゃんもね」と言って俺を見るんだ。だから、それはテニスのことだった。上の弟は、それに続いて何か言うわけじゃなかったけど、おんなじような目で俺を見る。俺は夏の間じゅう、この応援でまんまとやる気を出していたし、今だって、なにかパワーがもらえるみたいな心地は変わらなかった。
 
 日が沈んで暗くなってから、ジャッカルの携帯に電話をかけてみた。ジャッカルの声の後ろのほうから、やたらと蝉の声が聞こえる。外にいるのかとか、そういう話をする前に、手持ち花火が余ってるから今からふたりで片付けよう、と本題を伝えた。ジャッカルは急だと言ったけど、誘いには乗ってきて、いま、ちょうど俺が前に家族で花火をした公園の近くにいるらしかったから、その公園で待ち合わすことにした。
「よう」
「ブン太」
 ジャッカルはベンチに座って俺を待っていた。その隣の、ひとりぶん空いている席に、手持ち花火の入った袋を置いた。俺たちが昔からよく給水所として使っている蛇口を捻って、バケツに水をためる。準備が整ったから、チャッカマンでひとつめの花火に火をつけた。勢い良く溢れ出てくる光を、ジャッカルの持つ花火の先に、手渡すみたいに向ける。そうしたらその花火にも火がついて、俺たちはとくに言葉にするわけじゃないけど、少しだけ浮き足立つようだった。
「チビ達は一緒じゃなくて良かったのか?」
 そう訊かれたから、今日は余りもんだからいいんだよ、なんて答えてみた。
「あいつら、線香花火好きなんだよな」
「へえ、意外だな」
「だろい」
「風情はあるけどよ、ガキに人気のあるような派手なもんじゃねぇのに」
「うん」
「だから今日のに残ってねぇんだな」
「うん」
 花火をぼうっと見ながら返事をした。生返事ってわけじゃない。線香花火ほどじゃあないにしても、手に持った一本目の花火は、案外あっけなく終わった。両手に二本新しいのを取って、まだ光っているジャッカルの火をもらった。
 ジャッカルと花火をしたことはなんどもあった。小三の九月にジャッカルが日本に来てから、小学生の頃は夏休みに毎年のようにやっていたのを覚えている。うちの母さんとか、ばあちゃんとかが見ててくれてたことが多かった。花火だけじゃなくて、プールとか、虫捕りとか、水鉄砲で遊んだりだとか、それこそ打ち上げ花火大会にも毎年行った。そういう子どもが夏休みにするような遊びを、俺たちはなんでもかんでもやっていた。
 でも、夏休みじゅうあれだけ一緒にいたのに、あの頃の俺たちはいちどもテニスをしていなかったなんて、冗談みたいだ。
「うわ、これすげぇ」
「派手だな。なんでこれが余ってんだ」
「はは、掘り出しもんだわ」
「うわ、おい、向けるなよ」
「あいつらさ」
「ん?」
「大会が終わったこと、あんまよく分かってねぇの」
 そうみたいだな。
 夕方のやりとりを思い出したのか、ジャッカルはうすい笑みを浮かべてそう言った。俺には、その表情がよくわかった。
「でもさ」
 ふっと、持っていた花火の先の火が消えた。
 まだ二本残っているそれを一本袋から引き抜いて、もういちどチャッカマンで火をつけて、それをジャッカルに渡した。残りのもう一本を手に取って、その光を受け取る。
「たぶん、ほんとはあんま変わんねーのかもな」
 俺は、オレンジとか黄色とか、鮮やかな赤色を行き来する光の色を見ながら言った。言ったあとに顔をあげたら、
「そうだな」
 と言ったジャッカルは、同じように少し俯いて花火を見てたけど、口元はきゅっと結んでるみたいにも、少しだけ微笑んでるようにも見えた。
「だって頑張るだろ。これからも」
「当たり前だ」
 ジャッカルが低い声で返すから、俺はつい笑ってしまった。間髪入れずにそう言う相棒の姿が、たぶんうれしかった。
「だよな」
 左手に新しい一本を持ち出して、ジャッカルの持つ花火の、その先とくっつける。
 新しく飛び出した火花が、ちょっとだけ清々しかった。